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妖怪大魔王・コバ法王の日記

NPO法人GRA代表、妖怪:小林が書く、オートバイや人生、社会や文化など、日頃思っている事です

昔乗っていたオートバイ ( XJ400編 )

オートバイ体験記

最初に乗ったバイクは、多くの人と同じく“カブ”でした。
しかも、最初に手に入れたカブは郵政カブ。

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それでも、それ以上に大きなバイクに乗ろうとは考えず、ひたすら車中心の生活を続けていたのですが、都会暮らしには車の必要性は低く、駐車場料金も決して少なくなく、泣く泣く車を手放して暇を持て余していたある日、「オートバイの免許を取りに行こう!」となったのでした。


【 最初から中古車狙いで・・ 】

無事に免許を取得してからは、週末毎に神戸市内のオートバイ屋さんを、郵政カブで巡る事になりました。
というのも、オートバイに興味は無かったので、どこにオートバイ屋さんがあるのか知らず、どんなオートバイが販売されているかも知らず、新車を買うつもりもなかったからです。

そんな時、(後になって知ったのですが)ヤマハの元ワークスライダーで、世界GPでも優秀な成績を残していた金谷さんのお店にソレがあったのです。
ヤマハXJ 400、新車半年落ちでとても綺麗なコンディションだったのです。

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もう即決! その場で購入を決め、その後で必要な書類の手配や支払いを済ませ、いよいよ納車の週末の事は今も忘れられません。

「 恐い! 恐い! 」
「 僕、オートバイで道路を走っている!! 」

原付とは違って、大きな車達と一緒のスピードを出して、車線の中央を走らなくてはいけない!
しかも、車と違って身体を守ってくれるものは何も無い!


【 ツーリングからスクール通い、そして ・・・ 】

週末毎に走るようになり、徐々に走る事に慣れ、やがては近所から離れてミニツーリング。
この頃は何もかも満足していました。

 

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車とは違って、オートバイの部品は全てが緻密な作りで、エンジンはアルミの地肌に綺麗な切削ポリッシュ加工面のコントラストも美しくて、「僕には、こんなに美しいバイクは造れない」といつも眺めていたものです。

やがて、帰省の脚にも使うようになった頃、ホンダに勤めていた友人がらの勧めでライディングスクールに通うようになったのです。
一般道で車より早く発進が出来るようになった、それだけで「 僕は上手!? 」と天狗になっていた僕にとっては刺激に溢れた場所でした。

当然、インストラクターの人は圧倒的に上手に乗りこなし、こっちはそうでもないから悔しくなる。
自宅近くで開催される 1日イベントから始まり、やがては 鈴鹿サーキットで開催される 1泊2日コースから、浜松や福岡でのスクールへと出向いてのスクール通いが趣味になったのです。

やがて、姫路で開催されたスクールへ意気揚揚と出向けば、ショップさんが貸切状態で、「今日は午後からジムカーナをします」と、ついにジムカーナに出会ってしまったのです。


【 波乱の運命(?)の XJ400 】

80年代後半、オートバイブーム全盛の頃、自宅の裏手にある山・六甲山へも脚を運ぶようになりました。
それも週末の夜間に。

時には 100以上のオートバイが集まり、朝近くまで走っている連中とは離れ、一人旧道ばかり走ったり、人気の少ない駐車場の隅で空き缶をリアタイヤで踏んだり、つぶした缶を拾ってみたりと、色々な技を磨いていたのもこの頃の事でした。

そうなると可哀相なのは XJ400で、時には“ 一日ヒトコケ ”と言える程に、技の練習で転倒が増えたのです。
あれだけ綺麗に輝いていた車体には傷が増え、でも不思議と愛着と自信も増えたのです。

そして、市街地一般道で車との大きな事故を2度ほど経験した頃には、新車時とは見違える程になってしまいました。
( 事故の過失割合は、10:0 と 8:2 で車側の大きな過失でも、遭遇すべきではありません )

練習で転倒する事を見越して、外観はボロボロになったままの XJ400でしたが、ジムカーナ大会での戦績は連勝に次ぐ連勝と大きな成果を残してくれました。

しかし、今だからはっきりと言えますが、オートバイは誰が見ても綺麗に保つべきです。
ボロボロの車体や、元々の車両名が判らない様な改造をして速く走ったとしても、さほどの価値は無いのです。
まして、競技会を開催する為に、会場の確保や企画運営を行なう立場の人の事を考えたり、その競技が広く認められて存続させる事を考えれば、ナンバー付きの公道走行車には守るべきものがあるでしょう。

壊れる度に修理や整備の経験を積み、クランクシャフトを含めてエンジンのオーバーホールさえ経験させてくれた XJ400は、同じ競技をしていた人の元へ旅立ったのです。

今まで乗ってきたオートバイの中で、今考えてみても、一番色々な体験をさせてくれたのが XJ400です。
でも、「 新車同然の XJ400、あげますよ! 」と言われても要りませんね。
僕にとって XJ400は、共に生活をして、最後には外観はボロボロになった奴こそ、一番の相棒ですから。

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